自然豊かでのどかな風情が残っている沖縄本島南部の南城市玉城(たまぐすく)。その集落のはずれの一角は「さちばるやーどぅい」と呼ばれ、カフェ、ヴィラ、山小屋風コテージ、庭園、そしてリラクゼーションサロンが立ち並ぶ。これらの施設を運営する㈱さちばるの庭の代表取締役、稲福信吉さんの話では「さちばる」とは崎(さち)にある原(ばる)のことで、集落から見て岬にあたる場所を意味するという。また「やーどぅい」は琉球王朝時代の1700 年代半ば、薩摩島津氏による圧政下、経済的な理由で首里王府をはなれた士族が各地で切り拓いた集落を意味しているそうだ。

さちばるやーどぅいの全景

「私の先祖も南城市にやってきた士族だった。平地は先住者が開拓し、生活の場としていたので、あらたにやってきた先祖たちはまだ手が付けられていなかった斜面や山あいを開墾、段々畑をつくって自給自足した」という。そんな歴史ある地で稲福さんが事業をはじめたのは1994 年のこと。それ以前は那覇市で土木設計コンサルティングの会社を経営していた。「若い頃は家業の畑仕事が嫌で、高校卒業後、都会にあこがれて那覇に出た。必死で勉強し、測量士の資格を取って起業、80年代から90 年代にかけて公共事業が盛況でよく働いた」と振り返る。だがそのなかで都会の忙しない日々に疑問を抱くようになり、あらためて「故郷の自然の素晴らしさや土地に伝わる歴史と文化」に着目、それらを守り伝えるために30 代半ばで会社を人に譲ってU ターンをはたした。まずは地域に観光客を呼び込もうと、海に面したロケーション最高のカフェ「浜辺の茶屋」をオープン。90 年代当時、沖縄観光といえばリゾート開発が急ピッチですすむ沖縄本島中北部が主流で「こんな田舎に店をつくったところで誰も来ない」といわれたが、この予想に反して店は大ヒット、海辺で静かな時をすごせる空間が観光客にウケ、沖縄における郊外型カフェのブームの牽引役に。

「浜辺の茶屋」人気のカウンター席
各種ドリンクや軽食のほか、自家製シフォンケーキなどのスイーツも
一つひとつ丁ねいに積み上げられた石垣の上に立つ手づくりのカフェ

その後、稲福さんは勢いにのって2002 年2 月に森のなかに2 店目のカフェ「山の茶屋 楽水」をオープン、さらにレンタルスペース「天空の茶屋」、コテージ「山の小屋」、リラクゼーションサロン「AMAMIKIYO」と施設をつぎつぎに増やしていった。しかも、これらの施設の大半は「測量士
としての経験を生かして自分で設計し、スタッフとともにセルフビルドした」という。

「山の茶屋 楽水」店舗入口
木漏れ 日が差し込むテラス席
看板メニューの「さちばる定食」(1500円)。地元農家の野菜やゆし豆腐、 奥武島の海ぶどうなどの素材にこだわっている。このほか、昆布と椎茸で丁 ねいに旨みを引き出しただしの沖縄そばも人気
石窯で焼き上げたピザ
森のなかに佇むコテージ「山の小屋」。内部はシンプルで広々とした造り

と同時に、稲福さんはライフワークとして、広大な森を庭園として整備してきた。「もとあった地形や風物を再現し、ここで紡がれてきた歴史を訪れる人に伝えたい」という思いから、「造成に関してはできるかぎり土地の起伏を平らにならさず、斜面の保護にもコンクリートではなく琉球石灰岩を使ったし、ガジュマルやアカギなど長らく自生していた樹々をそのまま生かした」そうだ。そのため、「さちばるの庭」の遊歩道には、かつて段々畑だった頃の地形や石積み、古い巨木などがそこかしこに残っており、沖縄ならではの歴史を感じながらハイキングを楽しむことができる。

「さちばるやーどぅい」の顔ともいえる広大な 庭園「さちばるの庭」。「沖縄ならではの自 然や土地に息づく歴史」をコンセプトに、オー ナーの稲福社長が約20年かけて整備
散策路の様子
さちばるの庭の頂上に建つ伝統的な琉球家屋「天空の 茶屋」。庭からの眺望が素晴らしいので、散策途中に立ち寄っておきたい。なお、 この施設はイベントスペースとしてレンタル利用できるという
庭の一角にあるリラクゼ ーションサロン「AMAMIKIYO」

こうして、長い年月をかけて地元・玉城の山と海、そしてこの地に息づく歴史を体感できる観光スポットをつくりあげた稲福さん。この25 年の間、彼と同じように都会での暮らしに疲れ、さちばるやーどぅいを訪れた人のなかには、同社で働いたり、遊びに来たのがきっかけで玉城に移住した人も多いとか。ぜひこれからもこの地域ならではの魅力で多くの人を惹きつけてほしいものだ。

この記事を書いた人

『島へ。』編集部