北海道南西部、札幌市と函館市のほぼ中間に位置する寿都町。人口約2700人の小さな町はこれまでどのように過疎・高齢化に立ち向かってきたのか。そして今後、電源立地地域対策交付金をどのように地域振興に生かし、産業力・起業力をどう高めていくのだろうか。寿都町が目指す持続可能なまちづくりをリポートしてみたい。

※ 本記事は月刊『コロンブス』2022年7月号巻頭特集の抜粋版です(取材は2022年5月末に行いました)。

町営エネルギー事業が
町の財政を支える

札幌市内からクルマで約3時間、日本海に面する国道229号線を走っていると、波おだやかな寿都湾の向こうに複数の大きな風車が見えてくる。これこそ寿都町のシンボル、町営エネルギー事業の要の風力発電施設である。聞けば、寿都町は「だし風」という局地的な強風が吹くことで知られ、昔から漁師を悩ませてきた。「この風を資源として有効活用しよう」と町主導で風力発電施設をつくるプロジェクトがはじまったのは1989年、3代前の町長の時代のことだ。現職の片岡春雄町長によれば「自治体としては全国初の試みだったうえ、規制も多く設置できる場所がかぎられていたこともあり、思うように発電効率を上げられず失敗してしまった」という。その後、当時の町長が急死し、周囲から「発電施設の経営は民間に任せるべきだ」と反対意見が巻き起こったことなどで、紆余曲折の末に事業はストップ。だが、片岡町長の代になって「人口減と財政難から這い上がるにはチャレンジあるのみだ」と、あらためて売電収入を見据えた町営エネルギー事業に乗り出すことに。
片岡町長によれば、つくった風力発電施設は全11基で総事業費は50億6143万4000円、地域新エネルギー導入促進事業(NEDOなどで約18 億円の補助金を得たほかは約1・3億円の一般財源を投入、さらに約31億円の地方債を発行してまかなったという。そして「施設の設置から経営まですべてを町が担い、2012年に再生可能エネルギーのFIT(固定価格買取制度)が開始されたことで売電益は大幅にアップ、大きな財源となっていった」そうだ。強風をクリーンエネルギーに変え、町主導で収益を得ていこうというこの事業は現在にいたるまで好調、22年度の売電収入は約6億円(公営企業会計)を見込んでおり、2基の増設も予定しているとのこと。町営エネルギー事業の収益は今後も町の財政に大いに貢献していきそうだ。

寿都町のシンボルともいえる風車

地域ブランドの魅力を
生かした攻めの水産業

では、地場産業はどうなっているか。主軸はなんといっても漁業(年間漁獲高12〜13億円)と水産加工業(年間出荷額約30億円)。ニシン漁で栄えた往時と比べると著しく衰退し、近年はとくに漁獲量の減少が深刻化しているが、そうしたなかに
あっても、民間事業者の奮闘で徐々に活気が出てきているという。片岡町長によれば「約100人の漁業者が沿岸漁業に取り組んでいる。一部の事業者は10名近い従業員を雇用し、鮮魚として直販したり、加工品開発に取り組んだり、全国各地のレストランや居酒屋などと直に取引をしたりと攻めの姿勢でビジネスに励んでいる」そうだ。㈲カネショウ佐藤漁業はまさにそうした事業者の筆頭といえる存在だ。以前は獲った魚を市場に出していたが、4代目の佐藤仁専務(50歳)が「自分たちで値づけをし、自分たちの手でお客さんに商品を売りたい」と発奮、漁獲から販売まですべてを自社で手掛ける態勢を整えた。おかげで現在は毎日、早朝から従業員総出で水揚げを行い、直売店には自社の漁船・定置網の朝獲れ鮮魚がズラリと並ぶ。ホッケやアイナメ、クロソイ、ホタテなどのほか、春先から初夏にかけて目玉商品となっているのが「寿かき」だ。20年以上前、寿都町漁業協同組合が養殖をスタートした地域ブランドのカキで、「通常、カキといえば冬の味覚のイメージだが、寿都のカキは春が旬。山の栄養を豊富に含んだ雪解け水が寿都湾に流れ込み、その栄養を蓄えた滋味深い逸品。アッサリと塩味がきいていて食べやすいと評判だ」と佐藤専務は話す。現在、町内の12事業者がこの寿かきを取り扱っており、それぞれ漁協の部会で取りきめた養殖方法や価格帯などを守ることで、地域ブランドとしての品質を維持しているという。佐藤専務は「今後、この寿かきによるオリジナル加工品の開発も目指したい」と目を輝かせている。

寿都漁港
カネショウ佐藤漁業の面々、 前列左が佐藤専務。従業員は家族や親戚、力を合わせて漁獲から販売まで自社で行っている
店内には、朝獲 れの鮮魚が直売ならではのお得な価格で並ぶ
寿かきの小小サイズ、なんと1個30円。4月から8月までが身入りがいい旬だが、今年はシケがつづいたため減産、取材に訪れた5月末には特大・大サイズなどは数が少なくなっていた

もう1社、つぎつぎと新しいことに挑戦し、地域への観光誘客に貢献している事業者を紹介したい。水産加工業や飲食業を手掛ける㈲マルトシ吉野商店がそれだ。吉野寿彦社長(62歳)は約30年前、もともとの家業である雑貨業を閉め、水産加工業1本で勝負することを決意。最初は豊漁で値崩れしたシャケに目をつけて、「寒干し鮭」に加工したうえで売り出し、さらにこれを全国各地のデパートの催事などで売り歩くことで、「鮭寿(けいじゅ)」としてブランド化していったという。が、一時は人気を博したものの、その後、高額商品であることから売り上げが伸び悩むように。そこであらためて注目したのが、より手軽に購入できる地元産品「寿かき」だった。「寿都漁港で町主催のカキまつりが行われた際、1日に約3000人が詰めかけにぎわい、『イベントのときだけでなく、旬の時期に町内のお店でカキを心ゆくまで食べたい』という声が多数聞こえてきた。『これだけのニーズがあればいける』と、思い切ってカキ小屋をオープンすることにした」という。当初、「こんな田舎町までわざわざ誰もカキを食べに来ない」「1年のうち2〜3カ月間しか獲れない産品では経営が成り立たない」といった声も上がったそうだが、フタを開けてみれば「吉野かき小屋」(現在のスッツ・オイスター・ビレッジ)は連日の大盛況、名物の蒸しガキの食べ放題プランが人気で、ツアーバスも立ち寄るようになり、年間40㌧ものカキを仕入れるまでに。さらに4年後、吉野社長は漁期が年に1カ月間とカキ以上にシーズンの短い小女子(こうなご)にも注目。「それまでは寿都町の小女子といえば醤油で甘く炊き上げた佃煮が有名だったが、『ここでしか食べられない』もので人を呼び込もうと、生シラス丼をあらたな看板メニューに加えた」という。これが大ヒット、毎年倍々で客数が増えていったため、現在では独立した店舗「すっつ しらす会館」をオープンし、「スッツ・オイスター・ビレッジ」と合わせてシーズン中は空席待ちで行列ができるほどになったという。「自社で水産加工業を手掛けているおかげで、短期間に大量の生シラスやカキを仕入れ、飲食メニューとして提供できるのが何よりの強みだ」と吉野社長は胸を張る。

吉野商店の吉野社長
「スッツ・オイスター・ビレッジ」は開放感あふれる木造の小屋とレンガ造りの建物の2棟に分かれている。写真のレンガ造りの建物は、かつてニシン漁の親方が蔵としてつかっていたそうだ。熱々の鉄板蒸し焼きで寿かきをはじめとする近海の海産物を堪能できる。いくら丼、かに丼なども人気
しらす会館の生シラスと釜揚げシラスのハーフ&ハーフ丼。寿都産の生シラスは4月末から5月末限定の逸品。蒸した寿かきが1個ついて1740円
プリプリの生ガキ

クリーンエネルギーによる
バジルを町の新名物に‼

一方、行政も民間に負けずにあらたな産業創出にチャレンジしている。そのひとつが「風のバジル」プロジェクトだ。「寿都町は平地が少ないうえ、土壌の大部分が粘土質なので通常の農業にはあまり向いていないが、最新の技術やアイデアであらたな農産品の名物を生み出そう」と20年にスタートしたもので、町営のハウスでバジルの試験栽培がはじまっている。「風力発電とバイオマスボイラーによる温水でハウス内を適温に保ち、アメリカ発の縦型水耕栽培技術を取り入れることで、小さな土地でも効率良く多くの収穫が得られる仕組みを実践中」とのこと。すでに1週間で約30㌔㌘を出荷する体制を整え、生葉を札幌方面の大手スーパーや個人洋菓子店など向けに卸しているほか、乾燥パウダーや生葉を町内で販売したり、バジルソフトクリームやバジル焼酎といった商品を開発したりと、着実に地元の名物としての存在感を高めている。「今はまだあくまでも試験栽培の段階だが、うまくいったらイッ気に増産していく」と片岡町長。「バジルは通年栽培できるし、重労働ではないため、女性や老人に向けた雇用創出にもつなげていきたい」と意気込んでいる。

ハウスで順調に育つ「風のバジル」
バジル生葉とパウダー

歴史と文化を生かした
あらたな観光振興へ

観光面でも、町はあらたなビジョンを描いている。前出の水産事業者たちの奮闘もあって、寿都町には多くの観光客が訪れるようになっているが、それだけではグルメ観光で終わってしまう。そこで、何とか寿都町における滞在型観光を定着させるため、片岡町長が注目しているのが町内にある神社仏閣だ。曰く、「寿都町には、かつてニシン漁で栄えた時代に漁師の親方たちが建てた神社仏閣が数多く残っており、小さい町にもかかわらず寺が14宇、神社が9社もある」と。現状ではそれらは観光面ではとくに活用されていないが、片岡町長は「古い歴史を持つ寿都ならではの神社仏閣巡り、文化観光を根づかせよう」と各方面に呼びかけている。
こうした声に応えたのが町内の市街地に位置する寿都神社。積極的に観光客受け入れのための仕掛けづくりに取り組んでいるのだ。たとえば「万福招来かきしらすみくじ」はそのひとつ。宮司の山口智久氏(53歳)によれば、これは「寿かきや生シラス丼をといった町の地域ブランド品に注目し、開発したご当地おみくじ」。その名の通り大ぶりの寿かきをモチーフとしたおみくじケースにはシラスも描かれており、そのかわいらしいフォルムが参拝客に人気なのだとか。「寿都町に遊びに来る観光客の方々に、ぜひ往時の栄華をしのばせる古い建物や歴史ある神社仏閣巡りを楽しんでもらいたい」と山口氏。寿都神社では、各所でそんな山口氏のアイデアと工夫が見て取れるので、寿都観光の際には要チェックだ。

約400年の歴 史を持つ寿都神社。九州から出発した弁天丸という船が日本海で暴風雨に遭遇し、寿都湾に避難。船は大破したものの、乗組員が全員無事救助されたことを感謝して町の一角に祠を建て、 神様を祀ったのが起源といわれている
観光客受け入れのための仕掛けづくりに取り組む宮司の山口氏
山口氏があらたに考案した「万福招来かきしらすみくじ」
人気の温泉施設「ゆべつのゆ」

これまでにない発想で
ブランディングに挑戦すべき

寿都観光といえば、もうひとつ忘れてはいけないのが温泉「ゆべつのゆ」だ。硫黄泉と塩化物泉のふたつの泉質を楽しむことができるほか、家族ですごせるファミリールームや敷地内コテージ「湯郷の宿」なども備えており、地域内外から年間約10万人(コロナ禍前)が訪れる人気施設である。ただ、課題になっているのが施設・設備の老朽化。オープンから25年以上経過しており、維持・管理のコストも膨れ上がっているという。片岡町長も「できれば数年内に設備入れ替えとともに改装し、より魅力的な施設に生まれ変わらせたい」と話す。であれば、その機会に地域全体をあらたにヘルスツーリズムの地としてブランディングしてみてはどうか。たとえば温泉気候医学の専門家、阿岸祐幸(あぎし・ゆうこう)博士は、温泉とその周辺の自然環境や食といったナチュラルキャピタル(自然資本)を活用した「ヘルスリゾート(健康保養地)」を提唱している。寿都町の自然資本のポテンシャルがあれば、まさにそうした地域ブランディングが可能なはずだ。

町全体に挑戦の気風と
起業マインドを広げる

独自のエネルギー事業や文献調査受け入れの交付金などで財政の基盤を固め、官民それぞれが地域の未来を見据えてさまざまな事業や活動に挑戦している寿都町。今後は、そうした挑戦に込められた思いとノウハウを広く共有する場づくり、仕組み
づくりにも力を入れてほしい。一部の人たちの挑戦の気風と起業マインドを町全体に広げ、地場産業全体を活気づけられれば、外部人材や移住者の呼び込みにも徐々につながっていくことだろう。それこそが小さな町村の持続可能なまちづくり、生き残り戦略ではないだろうか。

YouTubeチャンネル『コロンブスTV』で、月刊『コロンブス』編集長・古川猛による寿都町レポート動画を公開中‼