良質な釣り糸をつくるトップメーカー、㈱サンラインの中野郁夫社長(66歳)が今一番強く思い描いているのは「プラズマ技術を活用した表面改質事業を会社のもうひとつの大きな柱に育てたい」ということだ。

というわけで、まずはプラズマの性質から説明したい。そもそも、世の中の物質は固体、液体、気体という3つの状態に分類され、固体に熱を加えていくと液体、気体へと変化していく。気体にさらに熱を加えつづけ、数千℃の超高温状態になると、気体を構成する分子が電子、イオンといったバラバラの粒子となってランダムに運動しはじめ、電離ガスと呼ばれる状態になる。この状態がプラズマと呼ばれるものであり、プラズマ化したガスをほかの物質に照射すと、さらにさまざまな物質にできるという。
サンラインはこのプラズマの特性に注目し、釣り糸に要求される耐久性、親水性、滑りやすさといった品質の向上に活用できないかと模索してきた。というのは、同社は「自然環境維持回復のため、なしえる最大限の努力をしよう」という企業理念を掲げ、「釣り糸の品質加工に化学薬品などを多用することを問題視してきた」からだ。「プラズマ処理が実現すれば、化学薬品を使う必要がなくなるし、資材の削減にもつながるうえに品質が劣化しにくいといったメリットもある。まさに一石二鳥にも三鳥にもなる技術革新だと思った」と中野社長は話す。

シリコンゴムにプラズマを照射する様子
「環境保全に貢献できることがこの技術の魅力」と話す中野社長

だが、プラズマを活用するには高温、真空という特殊環境下で、高価なガスを使う必要があり、釣り糸に応用するには多くの障壁があった。そこで、東京工業大学にアプローチ。低温、大気圧下であらゆるガスをプラズマ化するという技術を持っていたからだ。東工大側も釣り糸を通じてプラズマ技術をPRできることに興味を示し、同大発のベンチャー企業である㈱プラズマコンセプト東京とサンラインが共同開発契約を締結。
もっとも、共同開発にも多くの困難が。なかでも苦労したのが「装置をゼロからつくる必要があったことだった」と中野社長。「太さ10分の1㍉㍍以下の釣り糸をプラズマのなかに入れると溶けたり、切れたりといった不具合が何度も生じたし、糸全体に均等に処理を施す仕組みを構築するのも大変だった」という。こうした試行錯誤の末に完成したのが「プラズマで満ちた筒のなかを糸が回転しながら通り抜けていく」仕組みを搭載した独自の装置、特許も取得したという。
この装置が完成して以降、サンラインのプラズマ技術を活用した表面改質事業は大躍進。釣り糸はもちろん、今では繊維複合材や半導体をはじめとした工業製品の表面改質の分野にも進出している。また最近では、農業や食品などの分野への応用研究なども進展中だという。「プラズマを照射したタネの発芽率が向上したり、水中の細菌を殺菌したりといった研究データもある」とのことなので、その可能性はさらに広がっていきそうだ。