(上写真)若手職人の育成を目的に誕生したTATのメンバー

駅伝の選手だった男子高校生が卒業後、地元で内装工事の職人の仕事に就いた。しかし、同期が順調に成長していくなか、自分だけが取り残されていくのではないか、と落ち込んでしまう。が、先輩や親方から周りの人と支え合うことの大切さを諭され、「駅伝でたすきをつなぐのと同じだ」と悟り、一本立ちしていく――。そんなストーリーを描いた映画『くもりのち晴れ』は福井県福井市の内装・建材卸業の㈱タッセイが2021年に制作したもので、福井県と石川県の劇場で上映され、1000人を超す観客を動員した。

建設業界は職人の高齢化にともない、深刻な担い手不足に直面している。「3K職場のイメージも根強く、どの企業も人材確保に四苦八苦している」と話すのは田中陽介社長。こうしたなか、同社は担い手の先細りを食い止めようと、若い職人の確保と育成に力を入れている。さっそく、社内に若手職人でつくる「タッセイ・アーチザン・チーム(TAT)」を立ち上げ、育成に本格的に乗り出した。作業服をスタイリッシュに刷新したり、ホームページをスマホ対応にして動画を増やし、若い人もアクセスしやすくしてイメージアップをはかったほか、ベテラン職人を専門のインストラクターとして雇い入れ、指導体系の組織化をはかった。そして動画教材を開発し、座学と実技を組み合わせてカリキュラム化を実践した。田中社長は「『技は見て盗むもの』という古い体質をあらため、育成制度を組織化・システム化し、誰でも学べるようにした」と意義を語る。おかげで、TATの発足以降は高卒者を中心にコンスタントに職人の採用に成功、メンバーも発足7年目の今春で約50名になるという。

同社はビルなどの大規模建築物では内装施工、一般住宅では建材卸を手掛ける「二刀流」で運営している。建設関連業でこの二刀流の実現は全国でもめずらしい。北陸地方では業界トップを走り、福井県では県立恐竜博物館、石川県では金沢21世紀美術館など著名な大規模建造物の内装を一手に請け負ってきた。

同社が請け負った代表的な建築物である金沢21世紀博物館
「人材の確保と育成が急務」と語る田中社長

だからこそ、田中社長は「人づくり」を経営理念の柱に据える。TATのほかにも、協力関係にある職人が若手を雇ったら、一人前になるまで月5万円を補助し、育成をサポートするなど、その取り組みは実にユニークだ。また、後継者不足で悩む同業他社をM&Aで傘下に収め、経営継続を後押ししたり、得意先の工務店の受注体制を整え、経営を支援したりもしているという。
冒頭の映画制作も「人づくり」を目指したイメージ戦略のひとつだ。結果は上々、上映の翌年には10人を超す若者が同社の職人採用に手をあげた。ちなみに、田中社長は10~20代のときに俳優を経験したことがあり、この映画制作にあたってはその人脈を生かして監督と出演者を集めたという。もちろんオール福井ロケで、エキストラはTATのメンバーが務めている。23年には世界的な有料動画サイトで配信する予定だというから楽しみだ。