自動車のEV化の進展が転機、異業種への挑戦

金型設計・加工ひと筋を貫いてきたヤザキ工業㈱は創業から50年を超えた2016年、本業とは180度異なるメディカル事業部を設立。以来、異業種への挑戦をつづけている。

製品化第1弾は赤ちゃん用の「エアシート」だった。ベビーカーの座椅子に置いて使用するもので、赤ちゃんのあせもを防ぐ機能を持つ。「赤ちゃんの汗腺は大人と同じ数だけありながら体が小さい分、汗腺の密度が高くなり、汗をかきやすい。汗は肌着を濡らし、あせもの原因になる」と矢﨑和宏社長(50歳)。そこで、同社はこのエアシートに送風ファンを内蔵。座面に切りこんだ数筋の溝に風が流れ、肌着を乾かすとともにその際に生じた気化熱によって、体を自然に冷やすことができる。ファンの動力源はモバイルバッテリーで移動も苦にならない。矢﨑社長は「赤ちゃんの体に風をじかに当てるわけではないので、直接的な刺激を好まない母親にも喜ばれている」と話す。このエアシートは23年に製品化され、1年間で2500個を売り上げるヒット商品に。このほど、敷ふとんに多数の穴を空けて通気性を良くした「ムレない寝」も同シリーズの第2弾としてリリースした。

それにしても、同社はなぜ異分野の業種に乗り出したのか。「金型の取引先は静岡という土地柄、自動車メーカーが圧倒的に多い。金型でつくられた金属製品は主にエンジンやミッション(変速機)の部品として納められているが、EV(電気自動車)化の流れでその需要が減少傾向にある」と矢﨑社長。事実、自動車メーカーが生産台数の10%をEVに切り替えたら下請け企業の仕事の半分がなくなるという試算もあるほどだ。そこで、同社は思い切って、新事業の立ち上げを決意したのだ。

エアシートはベビーカーに載せるだけ
赤ちゃんのあせもを防ぐシリーズ第 2 弾の「ムレない寝」

本業の金型部門と新業種の両輪で可能性を広げる

とはいえ一方で、充電スタンドなどインフラ整備の遅れや走行継続距離の短さなどEVの課題も浮上している。それにともない、EV販売に陰りが見え、世界的な  EVメーカーが株価を下げるなど風向きが変わり、従来の内燃機関の自動車が再評価される事態になってきている。しかも水素エンジン車が次世代カーとして注目され、エンジン部品を提供する企業には好転の兆しがあらわれはじめている。

矢﨑社長は「エンジン復権の可能性は十分にあり、金型部門をおろそかにする考えはない」と力を込める。そもそも、同社の技術スタッフは職人集団とよばれるほど技術力が高く、そこで生みだされる金型の品質の高さは業界でも一目置かれている。また、今も「技術力をサビつかせまい」と週に2回、勉強会を開き、技能の向上をはかりつづけている。本業と新業種の融合をはかることで、その可能性はさらに広がっていきそうだ。

「本業と新業種の両輪ですすむ」と語る矢﨑社長
本業の金型でつくられたエンジン部品

白井達郎さん
㈱産学共同システム研究所 代表取締役

金型はまさに、日本のモノづくりにとって要(かなめ)ともいえるものです。かつて日本は人件費削減のために中国に金型の専門学校をつくり、技術を伝えたことで、中国が発展したという歴史もあります。ヤザキ工業さんはダイカスト金型の職人集団で、金型の基本設計ができるスタッフがとても充実しており、古い金型の補修などもできます。大学と連携した医療 IT 事業にも着手しており、両分野での成長を見込んでいます。実に頼もしいモノづくり企業です。