「東京の宝物」といわれている多摩、都心からのアクセスが良く、豊かな自然と特産品に満ちあふれ、ぶらり旅にはもってこいのロケーションだ。東京23区とはひと味違う歴史や文化、観光、産業があり、その一つひとつを掘り起こし、ご案内するのがこのぶらり旅の目的。案内役を務めるのは、NHKの長寿番組『小さな旅』や『ラジオ深夜便』のキャスターとして人気を誇る山本哲也氏。第4回は稲城市の昔ばなしの世界を探検‼

『コロンブスTV』 東京多摩ぶらり旅 案内役 山本哲也

1956 年山口県萩市出身。中央大学法学部を卒業後、80 年にNHKに入局。長年にわたりエグゼクティブアナウンサーとして活躍してきた経験豊富なメディアパーソナリティ。現在はフリーアナウンサーとして、NHK の『小さな旅』『ラジオ深夜便』に出演するかたわら、大学でコミュニケーション論の教鞭をとるなど多方面で活躍中。

稲城市内に伝わる昔ばなしは30話以上、その内容は神社や川、通りにまつわる逸話、動物や石仏、歴史・言い伝えの昔ばなしなど実にバラエティに富む。市観光協会はこれらの昔ばなしを活用した観光振興に取り組んでおり、市民ガイド「いなぎ観光案内人」を養成し、観光協会が昔ばなしの舞台を巡るウォーキングツアーを春、夏、秋、冬の年4回実施、秋にはクイズラリーも開催している。今号のぶらり旅ではこのいなぎ観光案内人のひとり、佐脇博吏さんとともに、市北部を流れる多摩川沿いと大丸用水沿いを中心にさまざまなスポットを巡った。

『稲城の昔ばなし』810 円(税込) 発行/稲城市教育委員会 いなぎ発信基地ペアテラスや稲城市役所などで販売、昔ばなしが30 話収録されている
「稲城の昔ばなしまんじゅう」。老舗和菓子店「青木屋」とのコラボ で作られたミルクバターまんじゅう。昔ばなしをモチーフにしたレトロ なパッケージが評判、人気のお土産品に
今回の〝稲城の昔ばなし〟を巡る旅のスタートは是政橋から
かつて多摩川の北、府中市の是政と稲城市の大丸を結ぶ渡し船が運航していたという。写真は昭和初期の様子 提供/稲城市教員委員会

各所で歴史の息吹あふれる
昔ばなしの世界に触れる

ツアーの出発点は多摩川に架是政橋。東京2020オリンピックで自転車競技のコースにもなったこの橋のあたりには、河童にまつわる昔ばなしが伝わっているという。それは泳ぎ名人の甚蔵が小僧の姿をした河童を助ける話で、河童の家の入口に引っかかった「金具の付いた馬の鞍」を取ってやる場面があるそうだ。「この話はあながち作り話ともいえない」と佐脇さん。「ここから上流に広がっている分倍河原は鎌倉時代、討幕の兵を挙げた新田義貞率いる新田軍と、北条泰家率いる幕府軍による合戦の舞台となった場所。河童の家の入口に引っかかっていたのは、この合戦で多摩川に流れてきた金具のついた馬具だったのかもしれない」という。この話を聞いて山本さん、「なるほど、歴史上の出来事が昔ばなしのなかに息づいているとはおもしろい」とはやくも稲城の昔ばなしに引き込まれた様子だった。

つづいて是政橋から少し南へ行くと、市内大丸地区に用水路が。この大丸用水は、多摩川の水を取水した農業用水を稲城市内のほか、神奈川県川崎市多摩区の果樹園や水田などに広く供給している。佐脇さんによれば、稲城市は北側が高く南側が低いため「大丸用水の水は田畑を潤しながら市内の中央を流れる三沢川を通り、多摩川へ戻っていく」という。大堀と分かれた残りの大丸用水は9本の本流と約200本の支流があり、すべて合わせた総延長は70㌔㍍にも及ぶそうだ。

稲城市内のほか、神奈川県川崎市多摩区の果樹園や水田などに広く農業用水を供給 している大丸用水

そんな話を聞きながらつぎにやってきたのは雁追橋。この橋には、かつて江戸幕府で働いていたという美しい御殿女中の逸
話が残っている。何でもその元御殿女中がこの地域に移り住んで以降、地元で大評判となり、村の若い衆が野菜などの贈り物を持って行っては追い返されたという。「これはまるで多摩川や畑にやって来る雁が追い返されるのと同じだ」ということで雁追橋という名がつけられたそうだ。結局、その女性は誰とも結婚せず、最後は雁追婆さんと呼ばれ過ごしたという。

ついで、交通の要衝だったという葎草橋を経て孝子長五郎の墓へ。この墓にもユニークな昔ばなしが伝わっており、その内容はひと言でいえば長五郎という青年の親孝行話。あまりの親孝行ぶりが人々の間に広まって江戸幕府にまで伝わり、ついには大岡越前守から「銀貨20枚と新田の開墾料」を与えられるまでに。これを元手に長五郎は開墾に取り組み、新田が増えていき、村は豊かになったそうだ。「その功績から、長五郎は親孝行の『孝』に『子』をつけて孝子長五郎と呼ばれ、長く言い伝えられてきた」と佐脇さん。「親孝行物語が多摩川を越えて江戸にまで届き、さらに現代にまで伝わるとは」と山本さんも驚いていた。

美しい御殿女中の逸話が今に伝わる雁追橋
親孝行の逸話が現代にまで伝わっている「孝子長五郎」の墓

昔ばなしを手軽に楽しめる
おいしいお土産品

ふたりが最後に立ち寄ったのはJR稲城長沼駅のすぐ近くにある「いなぎ発信基地ペアテラス」。ここでは稲城市の観光・物産情報を得られるだけでなく、市内の特産品や名物を購入することができる。そのひとつが「稲城の昔ばなしまんじゅう」だ。このまんじゅう、ミルクバターならではのしっとり食感が人気だが、注目ポイントはそのレトロなパッケージ(掛け紙)にある。昔ばなしの登場人物が描かれていて稲城の歴史や文化に触れられるとともに、掛け紙の裏面には市の地図とともに昔ばなしの各スポットが紹介されている。しかもQRコードからアクセスするとYouTubeで昔ばなしのストーリーを視聴することもできるとあって、山本さんも「おいしいまんじゅうを食べながら、昔ばなしを見て、読んで、聞いて楽しめるとは最高」と感心しきり。「稲城に住んでいる人も、地域外の人も、昔ばなしを巡る旅に出掛け、このまんじゅうを食べれば稲城のことをより深く知り、愛着が湧くこと間違いなし!」と太鼓判を押していた。

昔ばなしの各スポットにまつわるクイズも(詳しくは『コロンブスTV』動画へ)
今回、ガイドを務めてくれたいなぎ観光案内人の佐脇博吏さん。「地域の歴史や生業、 昔ばなしを稲城に新しく入って来た住民にも伝えていきたい」と話す
いなぎ発信基地ペアテラスでは、いなぎ観光案内人が寄席のような雰囲気で地域観光の 魅力を伝える「ガイド寄席」も実施している。写真は大好評の佐脇さんによる「観光落語」

月刊『コロンブス』の公式YouTubeチャンネル『コロンブスTV』では、山本さんが体験した〝稲城の昔ばなし〟を巡る旅の様子をより詳細に動画でお伝えしている。ぜひ合わせてご覧いただきたい。