日本で防衛能力の増強が話題に上がると、かならずといっていいほど憲法9条が取り沙汰され、専守防衛というスローガンのもとで批判が相つぐ。だが、その批判は本当に憲法9条の真意に沿ったものなのだろうか。そこで、国際政治学者であり、平和構築学を専門とする篠田英朗氏をゲストに迎え、憲法学者による憲法解釈の問題点、そして日本の自衛権や防衛能力のあり方について聞いてみた。

ゲスト:篠田英朗(しのだ・ひであき)

東京外国語大学 大学院総合国際学研究院 教授

1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院政治学研究科修士課程修了、ロンドン大学(LSE)大学院にて国際関係学Ph.D取得。2013年より現職。専門は国際関係論、平和構築学。著書に『「国家主権」という思想 国際立憲主義への軌跡』(勁草書房/第34回サントリー学芸賞)、『平和構築と法の支配 国際平和活動の理論的・機能的分析』(創文社/朝日新聞社第3回大佛次郎論壇賞)、『憲法学の病(』新潮新書)、『紛争解決ってなんだろう』( ちくまプリマー新書)など。

憲法9条と国際法に則り
自衛権を適切に行使すべき

古川猛・月刊『コロンブス』編集長 本日はウクライナ危機や台湾有事で国際情勢が混乱をきわめるなか、日本の防衛はどうあるべきかといったことについて伺いたいと思います。まずは憲法9条に関してどう解釈すべきかをお聞かせいただけますか。
篠田英朗・東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授 憲法9条の本来の趣旨は、日本を二度と侵略戦争をせず、国際法を遵守する国にするためのものです。そこにはかつて、国連の一員として不戦条約に加入しながら、詭弁を弄して侵略戦争に踏み切ったことへの反省が込められているわけです。ただ、日本が犯した侵略戦争からすでに77年もの歳月が経過しており、その間、私たちは戦争放棄という誓いを遵守しつづけてきました。今となっては必要以上に侵略国家になることを恐れたり、かつて侵略戦争を犯してしまったことを意識する必要もないはずです。
にもかかわらず、多くの憲法学者は「日本は憲法9条で全面的に武力行使をする可能性を放棄した」という見解を持ち、自衛権や防衛能力の増強に拒絶反応を示します。そもそも、自衛権とは侵略国家に対する抑止力を有したり、侵略されたときに対抗措置を講じたりする権利のことです。これは国際法上(国連憲章第51条など)、どの国にも認められた権利であり、戦争や紛争が存在する以上、各国が自衛権を持つことは国際秩序の安定をはかるうえでも重要な要素になります。しかも、憲法9条は自衛権の破棄を規定していないので、私たちは国際法にもとづき、堂々と適切な防衛能力を保持すればいいのです。
編集長 国連憲章で侵略行為は禁じられていますが、それでもなおウクライナ危機のような事態は生じるし、そういった侵略の矛先が日本に向かう可能性もあるわけですから、今日にあってはますます自衛権は重要なものになっていると思います。
篠田 おっしゃる通りです。ただ、それでも多くの憲法学者は自衛権を腫れ物のように扱っており、なかには国ごとの自衛権に頼らず、世界警察のような仕組みを構築すべきだと主張する人もいます。ですが、そのような組織は現時点で存在しないし、それがあったほうがいいという世界的なコンセンサスもないわけですから、今も各国で自衛権が必要とされているのです。
編集長 そういった状況にあるにもかかわらず、いまだに「日本国憲法は自衛隊の存在を認めていない」といった主張をする人もいるようですが。
篠田 自衛隊が発足してから半世紀以上経ち、災害現場などでの活躍も認められている今、その存在を否定する人はごくわずかではないでしょうか。そもそも自衛権は国際法上の概念であって、日本国憲法には登場しません。だからこそ、国際法上の考え方に即して、粛々と運用していけばいいのです。

敵基地攻撃能力や
集団的自衛権の
必要性をあらためて考える

編集長 昨今、話題になっている敵基地攻撃能力についてはどう思われますか。適切な防衛能力の範疇に入らないとする見方もあるようですが。
篠田 すでに北朝鮮は核兵器を搭載したミサイルを持っているので、これに対抗するための敵基地攻撃能力を持つことには大きな意義がありますし、私は必要だと考えています。いかに防衛能力を持っていても、それが相手にとって竹やり程度のものであれば意味はありませんし、それゆえに相手が侵略に踏み切ってしまう恐れもあるわけですから。また、ミサイルを撃ってくることが事前にわかれば、その拠点をいちはやく叩くこともできるし、それは正当防衛に当たると思います。
編集長 海上自衛隊ではヘリコプター搭載護衛艦である「いずも型」(全長248㍍、幅38㍍、乗員470名、満載排水量万6000㌧)を戦闘機(F-35B)が搭載できるように改装しました。これに対し「攻撃型空母をつくるのか」と批判する人もいるようですが、どう思われますか。
篠田 この改装は中国を意識したものだと思いますが、中国の巨大な軍事力を考慮すれば、空母を軸に海洋に航空戦力を展開しなければ有事の際に対抗できないし、抑止力にもなりません。また最低限、このくらいの防衛能力を持っていなければ、米軍との共同作戦などもままならない状況になってしまいます。そういったことを鑑みれば、この改装は十分に適切な防衛能力の範疇に入るものではないでしょうか。
編集長 集団的自衛権に関してはどのようなお考えをお持ちですか。
篠田 集団的自衛権もまた国際秩序の安定をはかるうえで不可欠な仕組みだと考えています。その象徴的な存在といえばNATO(北大西洋条約機構)です。NATOに加盟している30カ国は集団的自衛権を根拠にした安全保障空間を構築しており、NATOの設立以来、約70年間にわたって侵略戦争を仕掛けられていません。それは周辺国にとっても非常に魅力的なものであり、ウクライナもNATOへの加盟を切望していました。NATOがウクライナの受け入れを躊躇している間にロシアが侵攻してしまったわけですが、裏を返せば、いかにロシアといえどもNATOに手を出すことはないということでもあります。
また、集団的自衛権は国連憲章で認められている正規の仕組みです。事実︑国連憲章第51条では「武力攻撃が発生した場合」の個別的・集団的自衛権の発動を合法としています。これまでは日米安全保障条約などの存在もあり、極東地域で集団的自衛権が発動されることはありませんでしたが、中国の巨大な軍事力を意識した場合、集団的自衛権をベースにした安全保障の仕組みづくりにも目を向けなければなりません。もはやアメリカが動けばどうにかなるという段階ではないということをあらためて認識し、あらたな安全保障の仕組みを構築する必要があるのです。

純粋な防衛能力が
存在しない以上
防衛能力の増強と
国際協調が必要

編集長 敵基地攻撃能力の保持については、専守防衛という観点から批判されることがたびたびあります。
篠田 専守防衛という言葉は政治的なスローガンでしかありません。文字通り「守りに専心する防衛」という意味なのでしょうが、同じ意味の言葉を重ねて、「守る」ということを強調しているにすぎません。敵基地攻撃能力の保持について、専守防衛という言葉を掲げて「違憲」とする声もありますが、侵略を仕掛けてきている国の攻撃能力を削ぐことは防衛の一部といえるはずです。
もっとも、一切の攻撃能力を持たない、純粋な防衛能力を持つことができるのであればそれに越したことはありません。イスラエルのアイアンドーム(ミサイル迎撃システム)などはその可能性を示唆しているので、そういった技術を取り入れ、ブラッシュアップに励むことには意義があると思います。また、将来に強固な電磁波バリアを構築することなどができれば、攻撃能力を持たずに自衛することができるかもしれません。ただ、いずれにしても日本列島は島国であるうえに国土が横長になっているので、全域に防衛網を張り巡らせるのは困難ですし、現時点で中国や北朝鮮の脅威に対抗できるだけの技術水準に達していないので、そういった技術開発をすすめる一方で現実的な施策を講じるべきです。
編集長 となると、具体的にはどのような防衛能力を持つべきなのでしょうか。
篠田 すでに導入しているミサイル防衛の技術をさらに高めるとともに、抑止力として、あるいは第2、第3の攻撃を防ぐための敵基地攻撃能力を備えておくべきでしょう。
編集長 先日、ペロシ米下院議長が台湾に訪問した際、中国は大規模な軍事演習を実施し、その際の弾道ミサイルが5発も日本の排他的経済水域(EEZ)に落下しました。中国のこうした動きについてはどのようにお考えですか。
篠田 EEZは領海ではなく、あくまでも経済的な開発が認められている水域にすぎません。そういう意味では、中国の行為が国際法に反しているとはいえないわけです。ただ、中国が無通告でミサイルを日本のEEZに落下させたのであれば、航行中の船舶に着弾する可能性もあったわけですから、その点を批判するべきです。もっとも、ミサイルの精度などの機密情報にも関係する話になってくるので、正確な落下時刻などを事前に通告してくれるとは思えませんが。
編集長 こうした動きを見聞きするたびに、国境離島などの島嶼防衛の必要性をさらに感じます。
篠田 その際に重要になるのが、たんに砲台などで抑止力を高めるだけでなく、その砲台への攻撃を迎撃できる仕組みもあわせて備えておくことです。他地域についてもいえることですが、このふたつの要素を両輪としなければ、ミサイルをひとつ撃ち込まれるだけで防衛能力がなくなってしまいますから。
編集長 北朝鮮が核武装するなか、核シェアリングなどが話題に上がることも増えてきましたが、その点についてはどう思われますか。
篠田 日本政府は公式に核兵器の保有は自衛権に反しないという見解を出しており、現時点では政策手段として必要でないから保持しないという立場をとっているように思います。また、国連も安全保障理事会の決議なしに核兵器の保有を禁止することはできません。とはいえ、核兵器が巨大な破壊力を持っていることは間違いありませんし、その管理には膨大なコストがかかります。また、設置場所も攻撃対象になってしまうため、保管や移動にも細心の注意を払う必要があります。そのうえ、日本は日米安全保障条約によって米軍の核の傘のなかにあるわけですから、わざわざ自分たちで核兵器を所有する必要があるのか、という事情もあります。こういったことを総合的に考慮したうえで、日本政府は核兵器を保有しないという判断にいたっているのだと思います。
ちなみに、原子力潜水艦は秘匿性にも運用能力にもすぐれた兵器であり、米軍は本土の基地を破壊されても、敵国を壊滅状態に追いやれるだけの軍備を海洋に展開しています。中国や北朝鮮の軍事力が増大するなかにあって、米軍とどのように協調していくかということはますます重要なテーマになってくるのではないでしょうか。
編集長 今回のお話で憲法9条との向き合い方、適切な防衛能力に対する考え方が見えてきたように思います。これからも平和構築の実現に向けて、さまざまな角度から情報発信に努めてください。

(本記事は月刊『コロンブス』2022年9月号に掲載されたものです)

月刊『コロンブス』編集長・古川猛の口評

ウクライナ危機や台湾有事によって、日本でもあらためて適切な防衛能力とは何かといったことが問われるようになってきた。しかし、いまだに防衛能力の増強に対してはアレルギー反応を示す向きも多く、なかなか議論が前にすすまないのが現状だ。篠田先生のお話はそのジレンマを解消してくれるものであり、実に示唆に富んでいた。世界情勢が混乱をきわめるなか、適切な防衛能力の構築は待ったナシ、官民ともに冷静な視点で議論を深めていかなければならない。