「農福連携」をご存じだろうか。農林水産省によれば、これは文字通り「障害者等が農業分野で活躍することを通じ、自信や生きがいを持って社会参画を実現していく」取り組みのことで、その愛称は「ノウフク」。最近では、障がい者などの就労や生きがいづくり、農業のあらたな担い手確保につながるだけでなく、「ノウフクだからこそ」高付加価値な6次化産品が生まれ、ノウフクによって農業の生産性が向上したりといった例もマスコミに報道されるようになった。さらにこうしたノウフクの効果が地域にも波及、地域交流の重要なツール、持続可能な地域社会づくりのための重要なインフラとして機能する事例も出てきている。そうしたモデルケースを全国的に共有し、これまで以上に「農」と「福」のマッチングを各地で推進していくことが重要ではないか。
そこで月刊『コロンブス』10月号では「ノウフク」を特集、国の推進策や各地の先進事例を紹介するとともに、ノウフクアンバサダーの城島茂氏とノウフクの先駆者である京丸園㈱の鈴木厚志社長との対談も掲載、ノウフクによる地域課題解決や地域づくりのビジョンについて話し合ってもらった。ここでは同特集で取り上げた事例から、山梨県甲州市のケアフィットファームワイナリーの記事を抜粋掲載する。
ケアフィットファームワイナリー施設長の竹川華氏、長年、全国各地のワイナリーで醸造に携わってナチュラルワインづくりの知見を高めてきた中根拓也氏(右)、ケアフィットファームワイナリーのプロジェクトを機に勝沼に移住し、農作業やワイン醸造に取り組んでいる小田切芳雄氏。ちなみに小田切氏は現在、あらたに養蜂にもチャレンジ中

日本ナンバーワンのワイン産地、山梨県甲州市勝沼町でノウフクによる高品質なナチュラルワイン(化学肥料や化学薬品を使わず、かぎりなく自然につくることでブドウ本来のおいしさを生かしたワイン)が生み出され、ワイン好きの間でチョッとした話題になっている。このワインを手掛けるケアフィットファームワイナリーの母体は、サービス介助士の育成や農業を通じた障害者就労支援事業などに取り組んできた公益財団法人ケアフィット共育機構(東京都千代田区)。ケアフィットファーム施設長の竹川華氏によれば、2011年、同機構の有志約10人が週末などに東京から勝沼に通って耕作放棄地の開墾やブドウ栽培に取り組んだことがはじまりだったという。そして彼らはブドウの成長を見守るうちに「勝沼町の地域課題を何とかしたい」との思いで、機構の農福連携事業としてこの活動をすすめることに。就労移行支援事業と就労継続支援B 型事業(※1)で地域の障がい者を受け入れ、ブドウのほか、さまざまな野菜の栽培や加工品開発、販売などを展開してきたそうだ。そして16年から念願のワイナリー事業に着手、19年に醸造免許を取得し、翌年には醸造家の中根拓也氏を迎え入れて高品質なナチュラルワインをつくる体制を確立させた。現在、そのワインづくりを支えているのが障がい者22人と定年退職後の高齢者、そしてサポート役の福祉施設勤務経験者たち計7人。障がい者たちは「ブドウ畑の草刈りや剪定、芽かき、房づくり、傘かけ、収穫といった農作業」はもちろん、ボトリング作業やラベル貼りなどのほか、なんとワインの仕込み作業にも携わっているそうだ。

※1 就労移行支援事業……障害のある方の一般企業への就職をサポートする通所型の福祉サービス。
就労継続支援B型事業……年齢や体力などの面で雇用契約を結んで働くことが困難な人が、軽作業などの就労訓練を行うことができる福祉サービス。
ブドウ 収穫の様子
加工場での作業の様子。加工場では干しブドウやジャムな どの加工品づくりのほか、地元食加工品メーカーから委託されたキクラギの瓶詰めなどをつくる作業も
カフェ&ショップとその裏手にある加工作業場などを切り盛りする小澤尚美さんと作業場で働くメンバーたち
ズラリと並んだナチュラルワイン。ワインの生産量は年約1万本、そのうち6割を県内外のレストランや酒屋に卸し、残りを直販している
カフェ&ショップで味わえる絶品ドリンク。左からブドウスムージー、甲州種とマスカットベーリーAをブレンドしたフローズンドリンク、甲州うめジュース

醸造家の中根氏曰く、「ブドウ本来の味わいが堪能できるナチュラルワインをつくるため、仕込みではなるべく機械を使わず、手作業を中心にしている。この手作業で障がい者たちが大いに力を発揮する」という。「もちろん個人差はあるが、ある程度時間はかかっても、集中して丁ねいに作業できる人が多い」と。なかでも、ブドウを破砕する前に梗(茎)を取る「除梗」工程は人の手で丁ねいに行えば行うほど雑味がなくなるといわれる。「ノウフクをコンセプトとしたワイナリーなので、こうした手作業に手間と時間をかけ、品質を上げていくことができる」と中根氏は微笑む。障がい者たちも働き手として「自分たちが携わったからこそ高品質なワインができあがった」という自信と自負を持ちはじめ、おかげでファームの熱烈ファンも増えているという。「手間暇をかけた手作業中心のナチュラルワインづくりが認められてきた」と中根氏、手応えを感じているようだ。前出の施設長の竹川氏もそれを強く感じているひとり。いずれは「ファームで働く障がい者の方たちとイロイロな方たちが集まり、ふれあえる地域交流の場づくりをしたい」と話す。実際、「ファームのメンバーが育てた野菜や果実、地元食材、ナチュラルワインを使ったカフェやレストラン、働き手の障がい者や高齢者が生活できるグループホーム、さらにはサービス介助士などの資格取得に向けた実地研修の場も備えた施設をつくる」計画を着々とすすめているという。今後、地域における福祉のインフラとして、欠かせない存在になっていきそうだ。