日本は世界有数の海洋国家、島嶼国家だ。陸地面積は約38万平方㌔㍍で世界第60位だが、領海と排他的経済水域(EEZ)を合わせた面積は約447万平方㌔㍍となり、堂々の世界第6位。「南のサンゴ礁から、北の流氷、そして内海・沿海の潮汐、地中海の四割の面積を誇る多国籍の縁海(日本海)等まさに多様。世界的にも希有で貴重で豊穣な広域海域」(『日本ネシア論』/編著:長嶋俊介、発行:藤原書店)を有しているのである。
この海域に島がいくつあるかをご存じだろうか。答えは6852島(本州など5島を引いて6847島)。1987年、海上保安庁が最大縮尺海図と陸図(縮尺1 / 2.5万)を用いて満潮高水位1㍍・周囲100㍍以上を基準にカウントしたこの数字がこれまで、「日本の島の数」として公式発表されてきた。だが近年、EEZの基点としての離島の重要性が従来に増して高まるなか、島研究者からはこの数に関して疑問の声が上がっている。中国の強引な海洋進出などを受け、日本政府は2010年頃から国境無人離島の振興と保護・保全に積極的に動きはじめ、日本がそれらの島を領有していることを国際社会に明示するための第一歩として「名称付与」に乗り出した。そのなかで、これまで「岩」「瀬」「礁」などと呼ばれてきたものが数多く「島」とみなされることになったのだ。
にもかかわらず、公式発表されている島数は依然として6852島のまま。もっとあるはずだ。調べてみると、満潮時にも水面上にある日本の「島」の数はナント1万5528島。まさに大小無数の島から成る島嶼国家、この新事実を見出したのは日本島嶼学会参与の長嶋俊介氏と屋久島(鹿児島県)生まれのジャーナリストである渡辺幸重氏、そして全国の島研究者たち。その成果が今年12月2日発行の『新版日本の島事典』(発行:三交社)に集大成されている。この出版を機に島嶼国家・日本の輪郭を明らかにしていくべきではないか。
というわけで隔月刊誌『島へ。』2022年12月号では、『新版 日本の島事典』を軸として日本の知られざる島の素顔、消失した島文化にアプローチ。ここではその特集記事の冒頭部分を抜粋掲載する。コアな島ファンもビギナーも、あらためて島について問い直してみてほしい。

上写真/佐渡島、外海府の小島「ミヨガ岩」(新潟県佐渡市)

電子国土基本図を活用し
日本の島を数え直す

国が公式に発表している「日本の島の数」6852島は、1987年に海上保安庁が最大縮尺海図と2・5万分の1地図からカウントしたものだ。その主な基準は①満潮高水位1㍍以上②周囲100㍍以上のふたつ。実はこれらの基準はあくまで便宜的に設定されているのみで、合理的根拠はない。そもそも、1994年に発効された海洋法に関する国際連合条約第121条では「島とは、自然に形成された陸地であって、水に囲まれ、満潮時においても水面上にあるもの」(第1項)と規定されており、面積や高さなどの明確な基準は示されていない。つまり満潮時に沈んでいなければ「島」とみなすのがグローバルスタンダードなのだ。
日本政府は2011年以降、この国際連合条約の文言に従って「EEZの外縁を根拠付ける離島」のうち、それまで地図・海図に名称が記載されていなかった49島の名称を決定、さらに「領海の外縁を根拠付ける離島」158島についても、同様に地図・海図に記載する名称を決定した。これらあらたに「島」と認められたものなどを含めると、当然、従来基準でカウントされた6852島ではまったくおさまらない。では、実際のところ日本に島はいくつあるのか。
長嶋俊介氏はその調査にあたって国土地理院の電子国土基本図(地図情報)を徹底的に活用。数え上げた11万4886の海島・岩礁のうち、海岸線長100㍍以上の自然島を集計したところ、無名のものも含めて実に1万4455もの島が存在することがわかったという。そして「政府が国境無人離島として公表したもののうち周囲100㍍未満の新名付き小島、領海のみを根拠付ける新名付き小島、あらたに国有化された小島、噴火で面積が広がった西之島周辺の7小島、その他島の名称が地理院地図上に記載されている小島が確認しただけでも1073島」あり、これらを合わせると1万5528島という数字が浮かび上がってきた。

長嶋俊介(ながしま・しゅんすけ)

鹿児島大学 名誉教授、佐渡市環境審議会 会長、佐渡市 社会教育委員長、

日本島嶼学会 参与

1949年、佐渡島生まれ。京都大学農林経済学科卒、会計検査院調査官(行政官国内研究員:筑波大学経営政策研究科)。奈良女子大学大学院人間文化研究科教授を経て、2003年10月より鹿児島大学国際島嶼教育研究センター(改組前:多島圏研究センター)教授。国内全有人島・世界全島嶼国を踏破。写真は佐渡島藻浦岬と、同じく佐渡島猿八集落の演劇図書館「鳥越文庫」にて。

これまでにない密度の
島事典が誕生

以前は「岩礁」と呼ばれていたものがEEZや領海の基点を担う「島」として認められている―。この事実はまだ広く知られていないし、島民の間ではこういった島の存在すら認識されていないことも多い。事実、長嶋氏が奄美群島の中央に位置する徳之島で、島北部沿岸にある「亀石(カムシー)」(天城町、面積0・000211平方㌔㍍、周囲64㍍)について地元の人に聞いたところ、「そのような名称の島は知らない」「この町には領海を根拠づける島はない」といった答えが返ってきたという。また、佐渡島在住者である長嶋氏自身でさえ、外海府(島北西部の海岸)の藻浦崎の沿岸に浮かぶミヨガ岩(佐渡市、面積0・000081平方㌔㍍、周囲33㍍)のことを電子国土基本図で見つけるまでまったく知らなかったそうだ。この12月に刊行される『新版日本の島事典』では、こうした従来基準で岩扱いだった周囲100㍍未満の島を含め、すべての海島の名称と地図、その他各種の数値情報などを掲載。そして有人島については「離島振興協議会の『離島振興30年史下巻』(発行:全国離島振興協議会、1990年)の総合的記述を上回る幅と内容」を目指し、無人島については「新『SHIMADAS』(発行:日本離島センター、2019年)で追加された情報や地図情報・利用状況、さらにオンライン辞典・事典サイト『ジャパンナレッジ』や環境省の情報などを加えて最新のもので記述した」という。また、こうした島ごとの情報を掲載するだけでなく、巻末には各地域ごとの島々の文化史や振興史、災害史などの詳細な年表も収録しており、これが圧巻。「沖縄離島振興年表」「沖縄音楽芸能年表」「東京湾人工島年表(埋め立て経
緯と埋立地)」「北方四島生活史年表」「北方四島交渉史年表」「島嶼架橋化年表」「戦後離島振興・災害関係年表」と重要テーマごとに細かく歴史をたどっている。今後の離島研究にとって重要な資料になりそうだ。
このように、これまでにない高密度で日本の島の情報を網羅した『新版 日本の島事典』だが、「今後は地域ごとに島研究をより深化させる必要がある」と同書監修・編著者の長嶋俊介氏。「市町村単位での島数の集計、現在も無名扱いとなったままの小島や所有者不明の島の調査のほか、古くからの地域知(ローカル・ナレッジ)、たとえば地域に伝わる慣習や郷土地誌の掘り起こしによって『知られざる島』の姿を明らかにしていくのが島研究者の務めではないか」と話している。

与那国島(沖縄県与那国町)、西崎の北西260㍍にあるトゥイシ。日本最西端の島(写真提供:与那国町教育委員会)
小笠原諸島・父島(東京都小笠原村)の西に位置する西之島の遠景(2022年6月)出典:海上保安庁HP
南硫黄島(東京都小笠原村)
日本最南端の島、沖ノ鳥島(東京都小笠原村)。周囲11㌔㍍のサンゴ環礁に囲まれているが、国連海洋法上で島として定義されている部分の面積は1坪ほど 写真提供:東京都
肥前鳥島(長崎県五島市)。2006年、岩上に1等三角点が設置され、14年1月、北岩から北小島へと名称変更がなされた。日本のEEZと領海の基点
徳之島(鹿児島県)北部沿岸にある「亀石」。領海の基点となっている

島々の価値を高めるため
さらなる離島研究の深化へ

「隔絶」「環海」「狭小」という特徴を持つ離島はかつて、ともすれば遅れた地域、低水準な生活空間、本土にとってはお荷物といったイメージで捉えられることもあったが、今やこうした負のイメージは大きく転換。本土から遠くはなれているからこそ国境を守る使命があり、海に囲まれた環境ゆえに独自の自然環境や文化など本土とは異なる多様な価値が芽吹き、息づいている場として広く認められ、国の振興策も拡充されている。事実、17年4月から有人国境離島法が施行され、航路・航空路の運賃
低廉化や輸送コスト支援、滞在型観光の促進、雇用機会の拡充などの各種施策が実施されてきた。長嶋氏によれば「こうしたソフト面でのサポートを背景に、たとえば佐渡島では21年度のU・Iターン者が500人を超える(その3分の2以上が40歳未満の若手世代)など、離島重視の機運が着実に島に人を呼び込むことにつながっている」という。であれば、これからはさらに島々の価値を高めるための調査・研究活動が大事になってくる。『新版 日本の島事典』はそのことを強烈に訴えているのだ。