東京都心からのアクセスが良く、豊かな自然と特産品に満ち溢れた東京多摩地域。本コーナーでは、東京都商工会連合会多摩観光推進協議会と連携し、新しい多摩の観光の魅力をお伝えしていく。今回、スポットを当てるのは、檜原村産のジャガイモ焼酎「ひ乃はら物語」。2022年、山間の村に誕生したこの新名物の魅力と、それを生み出した「ひのはらファクトリー」を拠点とした地域活性化の動きを紹介したい。

東京多摩地域の地酒といえば、豊かな自然のなか、澄んだ水で造られた日本酒を思い浮かべる方が多いだろう。事実、その通りで多摩地域にはその水を仕込み水とする酒蔵が現在も8軒、それぞれ個性的な日本酒を醸造している。だがそこにもう1軒、日本酒ではなく焼酎を造る酒蔵が誕生した。その酒の名は「ひ乃はら物語」、多摩地域西部の山間にある檜原村の「ひのはらファクトリー」(運営:㈱ウッドボックス/同村小沢)が地元村産のジャガイモを原料として造った焼酎だ。いったい、なぜ「ジャガイモ」なのか。「村域の9割以上が山林で耕地が少ないため村民は林業で生計を立て、専業農家はあまりいなかった」と話すのは同蔵の小林澄雄店長( 59 歳)。だが「水はけの良い傾斜地が多く、気候が寒冷なのでジャガイモ栽培にはピッタリで、昔から村の農産物といえばジャガイモだった」という。

檜原生まれ、檜原育 ちの小林店長
木造平屋建て、檜原産材をふんだんに使用した「ひのはらファクトリー」

そこで「このジャガイモを使って焼酎を造れないか」と思いついたのが坂本義次村長。約20年前の村議会議員時代から構想を温めてきたが、年間10㌔㍑以上造らねばならないなど酒税法上の制約があり、村として酒造免許を取得することはできなかった。その後、縁あって北海道や長野県の酒蔵が焼酎製造を引き受けてくれたが、「どうしても檜原村で焼酎を造りたかった」し、「あらたな地場産業を確立し雇用創出をはかっていきたい」と坂本村長はあくまでも「メイドイン檜原」にこだわりつづけた。そして19年、その思いがついに通じ、檜原村は「焼酎特区」として少量の製造量でも焼酎の酒造業を営むことができるようになったのだ。さっそく、村はその醸造元として「ひのはらファクトリー」の計画をスタート、施設運営と酒造事業を営む指定管理者には、地元モノづくり企業のウッドボックスを選んだ。

ひのはら物語に使われるジャガイモの生産者のひとり、 鈴木留次郎氏。檜原村じゃがいも栽培組合組合長、檜原村遊休農地等対策推進委員会会長。「ひのはらファ クトリーがジャガイモ焼酎を造ってくれることが、農家 一人ひとりの収入に結びついている。檜原産ジャガイモのおいしさがPRされているので、今後は地域外の 企業と連携してさまざま活用の道を探っていきたい」と話している
鈴木氏のジャガイモ畑

21年7月7日、青梅税務署から酒造免許の交付を受けた同社は、村内で収穫されたジャガイモを使って焼酎の製造を開始。杜氏を〝幻の焼酎〟ともいわれる伊豆諸島・青ヶ島の青ヶ島焼酎(通称、あおちゅう)の製造元で研修を積んだ同社の吉田光世社長が務め、翌年の2月、ついに正真正銘の「メイドイン檜原」の焼酎が完成した。数量限定で2月2日から販売を開始したところ、「サッパリかつまろやかな味わい」と評判になり完売。7月2日までの間に計6回販売を行ったが、いずれもアッという間に売り切れたそうだ。もちろん今年も売れ行きは上々、「ひ乃はら物語」ははやくも地域のあらたな名物として根づいている。
まさに絶好調だが、吉田社長は「ひのはらファクトリー」をたんなる焼酎蔵ではなく、「村の観光の拠点としても育てていきたい」と意気込んでいる。事実、この焼酎蔵には物販スペースがあり、同社が製造した檜原産ヒノキの精油(エッセンシャルオイル)やルームフレグランス、マスクスプレー、木工品などが販売されている。また、カフェも併設されていて軽食が味わえるほか、地元出身の女性アルバイトが「檜原村ものづくり支援事業」を活用して商品化したオリジナルシャーベットドリンク「むらぺちーの」も販売している。

 

ひのはらファクトリーの物販コーナーには、ウッドボックスがつくった檜原産ヒノキのさま ざまな加工品が並ぶ
イートインスペースでは、クレープやカレーなどを味わえる。なかでも人気なのが「じゃがいもむらぺちーの」。 檜原村産ジャガイモをふんだんに使 用したシャーベットドリンク
カフェスペースからは、ガラス窓を通して焼酎製造の様子を見ることができる

あらたな名物、あらたな産業と雇用を生み出し、そしてあらたな観光振興の拠点として歩き出した「ひのはらファクトリー」、今後の展開が楽しみだ。