新型コロナウイルスの「5類」への移行がきまり、マスク着用が「個人の判断」に。観光需要が急速に高まるなか、月刊『コロンブス』2023年3月号(3月1日発売)では、水ぬるむ春の行楽にピッタリな東京「水ウォーターフロント辺都市」観光を特集した。ここでは、そのなかから「東京水辺ライン」による産業・文化観光の旅をご紹介。江戸風情が各所に残る隅田川を水上バスに揺られ、日本の産業のプラットフォームである東京湾ベイエリアへと出掛けてみよう。

上写真/ウォーターズ竹橋(東京都港区)から浜離宮恩賜庭園(左手)や東京のビル群を望む

かつて、江戸の町には川や水路が各所に伸び、さまざまな船が人やモノを盛んに運んでいた。この舟運においてとくに重要な役割を担ったのが隅田川だ。陸上交通が整備された後も、昭和の戦前期までは大きな船が東京湾から隅田川へ入り、そこで小さな船に荷を積み替えて各所に運ぶ仕組みが息づいていた。
その隅田川の河口には東京湾が広がっている。一帯は千葉県・東京都・神奈川県の1都2県にまたがる「東京湾ベイエリア」。明治時代以降に埋め立てられた面積は約2万4500㌶にもおよび、戦後は造船・鉄鋼・石油化学などの重厚長大産業を中心に発展し、日本経済を牽引してきた。また、湾内には現在も東京、横浜、川崎、千葉、横須賀、木更津の6港があり、なかでも湾最奥部の東京港は外貿コンテナ取扱個数日本一の実績を誇る国際貿易港。世界の主要港とコンテナ定期航路のネットワークで結ばれ、首都圏の産業の発展や住民の生活を支えている。この一大物流ターミナルのほか、周辺臨海部には国際線の増便に備え拡張をすすめている東京国際空港(羽田空港)や総展示面積11万5420平方㍍を誇る東京ビッグサイト(東京国際展示場)、IHI(石川島播磨重工業)東京工場跡地に整備された「大川端リバーシティ21」をはじめとする高層マンション群、そして「有明ガーデン」(住友不動産)などの大規模開発でつぎつぎと誕生する超大型商業施設やエンターテインメント施設などがある。東京湾ベイエリアは日本経済の成長と発展に欠かせない成長エンジン、まさに日本の産業のプラットフォームなのだ。そんな躍動する東京湾を見て元気をもらいたい‼ そこで取り上げたのが「東京水辺ライン」である。

「東京水辺ライ ン」船上にて。東京の水辺の景観と風情を堪能できる

下町と臨海副都心を
往き来する水上バス

「東京水辺ライン」を運営する公益財団法人東京都公園協会水辺事業部の髙野布美氏によれば、この水上バスクルーズはそもそも「約30年前、東京各所にある防災船着き場を維持・管理し、防災船のメンテナンスやテスト航行を行うことを主な目的としてはじまった、いうなれば防災訓練を兼ねた観光クルーズ」なのだそうだ。当然、現在も地震などの発災時には、この船と船着き場、航路が帰宅困難者や物資の運搬に活用されることになっている。

その定期航路は、浅草・両国と竹芝・お台場を往復するというもの。船はまず「両国リバーセンター」(墨田区)を出発、隅田川を上流にさかのぼって「浅草二天門」(台東区)でUターンし、両国を通りすぎて下流へ。東京湾の入口に位置する「ウォーターズ竹芝」と「お台場海浜公園」(いずれも港区)を回ったら、浅草・両国方面に引き返す(次頁のマップ参照)。もちろん、乗船客はクルーズを楽しむだけでなく、所定の停泊地で乗り降り自由だ。といったところで、このクルーズの見どころや魅力を紹介したい。

江戸東京の橋と
景観を堪能

東京水辺ラインの第一の魅力は、なんといってもさまざまな「橋のある景観」を楽しめることだ。隅田川は北区の岩淵水門で荒川から分かれ、足立区・荒川区・台東区・墨田区・江東区・中央区を通って東京湾に注ぐ全長約23㎞の河川。湾口まで含めれば実に30本もの橋が架かっており、その工法やデザインがバリエーション豊かであることから「橋の博物館」と称されているとか。このうち、東京水辺ラインの定期航路でくぐれるのは浅草の近くの吾妻橋からレインボーブリッジまでの13本。いずれの橋も個性的で、それぞれストーリーを持っているのがおもしろい。たとえば新大橋は関東大震災の際、隅田川にかかる橋のなかで唯一、焼け落ちず、多くの人命を救ったことから「お助け橋」とも呼ばれている。中央大橋は隅田川がセーヌ川と友好河川の関係にあることから、フランス人がデザインしたもので、その主塔はカブトをイメージしたものだという。普段、クルマや徒歩だと通りすぎてしまう橋も、水上から見上げると迫力満点、思わずジックリ観察したくなること間違いナシだ。

臨海副都心と都心を結ぶ架け橋として、1993年に開通したレインボーブリッジ
いくつもの橋をくぐり抜ける。 潮位によってはスタッフから、船の上部デッキにいる乗船客に「身をかがめてください」の声がかかることも
1927年に完成した蔵前橋。今は両国駅前にある国技館が以 前は蔵前にあったことから、橋の欄干には相撲のモチーフが
吾妻橋と東京スカ イツリー、アサヒビール本社ビルのオブジェ
新大橋。江戸時代、「大橋」と呼ばれていた両国橋についでかけられたことからこの名称に
かつて「世界でもっとも美しい」といわれたドイツのライン川のケルンの吊り橋をモデルにつくられた清洲橋。「力強い男性的な美しさ」といわれる永代橋と対をなし、「女性的で繊細な美しさ」と評される

当然、橋だけでなく沿岸部に目を向けてみれば、そこには冒頭で触れた東京湾ベイエリアの景観が広がっている。そして、長い年月にわたりさまざまな変化や開発にさらされてきた水辺の景色にも要注目だ。東京湾側から上流に向かっていくつか見どころをあげてみよう。まずは江戸時代、黒船来航に備えて建設された砲台の「台場」に由来するお台場。89年に東京臨海副都心としての開発がはじまってからはや30余年、平成初期に開通したレインボーブリッジは今ではお馴染みの存在に。この橋をくぐって都心方面に向かうと、日の出や竹芝の桟橋が見えてくる。これらは大正と昭和の戦前期に財閥が船を着けるためにつくった埠頭。このうち竹芝エリアにはあらたにオシャレな複合施設「ウォーターズ竹芝」が開発され、そのすぐ隣りには江戸時代に甲府藩下屋敷の庭園として造成され、その後は徳川将軍家の別邸浜御殿となり、宮内省管理の離宮ともなった浜離宮恩賜庭園がある。そして両国・浅草エリアまで戻る間には、紆余曲折を経て2018年に豊洲に移転した築地市場の跡地や昔ながらの風情を残す佃島のシンボルともいえる住吉神社の赤鳥居などがあり、各所に江戸情緒タップリの屋形船が停泊している。江戸時代から現代にいたるまで、さまざまな時代の「東京」に触れることができるのだ。

隅田川から東京湾への入口には、IHI(石川島播磨重工業)東京工場跡地に整備された東京ウォーターフロント開 発の先駆け、「大川端リバーシティ21」の高層マンションが立ち並ぶ。その右側には中 央大橋
東京水辺ラインの船は定員140名(船内座席数54席)の「さくら」「あじさい」と定員200 名(船内座席数130席)の「コスモス」の3隻 (写真は「さくら」船内)。船内で食事などを楽しみながら景色を眺めるも良し、船上部のデッキで風を感じるも良し、だ