東京都心からのアクセスが良く、豊かな自然と特産品に満ち溢れた東京多摩地域。本コーナーでは、東京都商工会連合会 多摩観光推進協議会と連携し、新しい多摩の観光の魅力をお伝えしていく。今号のテーマは多摩各地で生産されている野菜。首都圏近郊というアドバンテージを生かし、小規模ながらも個性豊かな品目で勝負する都市農業の現場を訪ねてみた。
ゴツゴツした見た目がインパクト大、江戸東京野菜の「内藤カボチャ」
肉厚でジューシーな「菌床シイタケ」
甘い香りがクセになる「香りパプリカ」

2023年3月に公表された東京都農作物生産状況調査結果報告書( 令和3年産)によれば、東京都全体の野菜の産出額は185億6700万円、このうち多摩地域が占める割合は8割弱(145億1000万円)に達している。まさに多摩は首都圏への農産物の一大供給地なのだ。それぞれの農家は耕地面積こそ小さいが、個性的な品種や先端的な栽培法を模索して消費者の多様なニーズに応えている。さっそく、そうした農家を紹介したい。

見た目はゴツゴツ
味はしっとり
「内藤カボチャ」

まず取り上げる小平市の岸野農園では、カキやクリといった果物のほかに10種類の野菜を栽培しており、近年は「江戸東京野菜」(※)の滝野川ゴボウと内藤トウガラシ、内藤カボチャの生産拡大に力を入れている。代表の岸野昌氏(61歳)がイチオシするのは内藤カボチャだ。まず何といってもそのゴツゴツとして肩が張ったような形状に驚かされるが、見た目だけでなく味わいも実に個性的で、果肉が分厚く、しっとりとした食感をしているほか、水分が多く荷崩れしにくいというのが特徴。岸野氏は内藤カボチャのこうした特徴に目をつけ、「煮物や加工品にピッタリなので、これをPRすれば引き合いが増えるはず」との思いで19年に栽培に乗り出した。この狙いが見事に的中、昨年あたりから地域の八百屋などで人気が出はじめ、物産販売イベントやレストランからの注文も増えたそうだ。そのおかげで「今年は約200㌔㌘が11月半ばには完売した」とか。「もっと作ってほしい」という声を受けて「来年は年間生産量を現在の5、6倍に」と計画しているという。

※ 江戸東京野菜…… 「種苗の大半が自家採種または近隣の種苗商により確保されていた江戸から昭和中期(40 年代)までのいわゆる固定種の野菜、または在来の栽培法等に由来する野菜」(東京都農林水産振興財団)のこと。それぞれに歴史や開発についての物語があり、味や形が個性豊かなのが特徴。一時は食卓から消えかけたが、現在ではその伝統を守り、普及しようという活動が広がっている。現在52 種類(2023 年10 月)がJA東京中央会に認定されており、旬の時期限定でJAの店舗で購入できるほか、江戸東京野菜を食材として使うレストランも増えている。
約8000平方㍍の農地で年間約2 ㌧の野菜を生産、なかでも江戸東京野菜に力を入れている岸野昌氏
年間生産量200㌔㌘、人気で年々、生産量を増やしているという内藤カボチャ

肉厚ジューシーな
「菌床シイタケ」

つづいて、多摩市の増田農園を紹介したい。同園敷地内にあるビニールハウスに入ってみると、そこには何段もの棚に約4000個もの菌床(※)がズラリ。そしてそれぞれの菌床から立派なシイタケが生えている。この菌床シイタケこそ増田農園の看板商品。代表の増田保治氏(54歳)が就農したのは10年。「狭い耕作面積のなかで単位面積辺りの収益性が高いものを」と考えた結果、行き着いたのが菌床シイタケだった。育て方のコツは「エアコンで温度を調節したり、床に張った水を専用のファンで気化させて湿度を保ったり、壁面に断熱材を入れたりと、ハウス内を森と同じような環境につねに保つ」こと。そのうえで「こまめに芽かきをして良い芽だけを厳選し育てる」ことで、肉厚でジューシーなシイタケを安定生産できるようになったそうだ。収穫時期は毎年9月下旬からで、1日に最低2回は収穫できるほど生育が早いのが特徴。現在の年間生産量はおよそ5㌧、農園の売り上げの主力となっている。

※ 菌床……おがくずを固めたもので、そのおがくずを培地にしてしいたけの菌を植えつける。
増田農園、自慢の菌床シイタケ
ハウス内は森のなかのような環境に保たれている

シッカリと熟した
香り高い逸品「香りパプリカ」

増田氏はさらに単位面積あたりの収益性と付加価値が高い産品として、「香りパプリカ」の栽培にも力を入れている。これはその名の通り甘い香りが特徴のパプリカで、「生で食べてもおいしい」と評判だ。そのおいしさを引き出すには「直前まで木で熟させる」ことだという。そうすることで「甘みや香りがもっとも引き立つ状態で出荷できる」と話す。また、栽培にあたっては東京都農林総合研究センターが開発した「東京フューチャーアグリシステム」を導入してスマート農業を実践している。タブレットを通じて遠隔でハウス内の香りパプリカの生育状況をチェックし、ハウス内の温度や湿度を調整することで、省力化・効率化と産品の高付加価値化に努めている。5㌧を年間生産目標に掲げ、多摩市内や近郊のスーパー、農協の直売所、飲食店などへの卸しを拡充しているところだ。
今回取り上げた内藤カボチャ、菌床シイタケ、香りパプリカ以外にも、多摩地域には個性的でおいしい野菜がまだまだある。それらを購入したり口にしたりする際にはぜひとも、本稿で紹介したような生産者たちの都市農業ならではの工夫や努力にも思いを馳せてほしい。

香りパプリカは出荷直前まで木で熟させることで、甘みと香りが増す
単位面積あたりの収益性と付加価値が高い産品の栽培に取り組む増田保治氏。 1000 平方㍍の農地で約30 種類の野菜を栽培
専用のタブレットで見た、ビニールハウス内の映像。香りパプリカの生育状況を確認できる