「東京の宝物」といわれている多摩、都心からのアクセスが良く、豊かな自然と特産品に満ちあふれ、ぶらり旅にはもってこいのロケーションだ。東京23区とはひと味違う歴史や文化、観光、産業があり、その一つひとつを掘り起こし、ご案内するのがこのぶらり旅の目的。案内役を務めるのは、NHKの長寿番組『小さな旅』や『ラジオ深夜便』のキャスターとして人気を誇る山本哲也氏。第3回は老舗酒蔵を探検‼

『コロンブスTV』 東京多摩ぶらり旅 案内役 山本哲也

1956 年山口県萩市出身。中央大学法学部を卒業後、80 年にNHKに入局。長年にわたりエグゼクティブアナウンサーとして活躍してきた経験豊富なメディアパーソナリティ。現在はフリーアナウンサーとして、NHK の『小さな旅』『ラジオ深夜便』に出演するかたわら、大学でコミュニケーション論の教鞭をとるなど多方面で活躍中。

田村酒造場の入口。敷地内には数多くの登録有形文化財がある
山本さんを案内する16 代目田村半十郎さん。「福生の地域とともに歩んできた歴史も含め、当蔵の酒造文化を伝えていきたい」と話す

嘉き泉の水で醸す
こだわりの老舗蔵

福生市の田村酒造場は1822年(文政5年)、田村家9代目の田村勘次郎が創業した蔵元だ。創業当時は地域の計24軒の蔵元に酒造技術や経営ノウハウを伝え、全体を取りまとめる総本店の役割を担っていたという。現在、代表を務める16代目の田村半十郎さんに、由緒ある老舗蔵を案内してもらった。

山本さんが到着すると、田村さんはまず「最初にぜひ見てほしいものがある」と敷地内の大ケヤキが佇む一角へ案内してくれた。このケヤキの樹のすぐ近くにある小さな井戸こそ「田村酒造場の原点」だ、と。何でも、9代目勘次郎が酒造りをはじめるにあたって敷地内の各所に井戸を掘ったところ、大ケヤキのそばから清冽な泉が湧いたそうだ。それを「嘉き泉」と呼び看板銘柄「嘉泉(かせん)」が生まれたのだという。この井戸の水は酒造りに最適とされる中硬水(WHOの水質ガイドラインによれば硬度60~120)で、現在も酒造りの仕込みや精米などに使っている。

田村酒造場の原点である「嘉き泉」の井戸
井戸のすぐそばにある樹齢900~1000年の大ケヤキ。ちょうど枝葉が酒造蔵を日陰にするように伸びており、夏場でも蔵内の温度を低く保ってくれているという

この井戸を見学した後は酒造蔵を見学、山本さんは酒造りの各工程を見て回り、そのつど杜氏と話し、酒造りにかける想いやこだわりに耳を傾けていた。ちなみにこの酒造蔵は本蔵、中蔵、新蔵の3蔵が連なった造りとなっており、その全体が国の有形文化財に登録されている。隣りには大正時代初期に造られた赤レンガ製の煙突があり、これも登録有形文化財となっている。煙突からは米を蒸す際の蒸気が立ち昇っていて実に趣き深い。その他、米を貯蔵する前蔵や旧水車小屋など敷地内には登録有形文化財の建物がいくつもあり、老舗蔵ならではの風情が漂っている。

こうした建物を見て回った後は、おまちかねの試飲タイムだ。山本さんは数ある銘酒から今年の新酒「嘉泉 しぼりたて生酒」をチョイス、そのフレッシュで奥深い味わいに感嘆の声をあげていた。

看板銘柄「嘉泉」。1973 年、15 代目が特級酒なみの特別本醸造を2級酒として安価に販売し てベストセラーに。現在、特別純米と特別本醸造の2種類が定番となっている
試飲タイムを楽しむ山本さん

山間の酒蔵が酒と食の
一大観光スポットに

つぎに山本さんがやってきたのは青梅市の小澤酒造、こちらも1702年(元禄15年)創業の老舗である。入口に着くなり「自然あふれるロケーションが素晴らしい!」と山本さん。それもそのはず、この蔵は奥多摩の山間、多摩川のほとりにあるのだ。出迎えてくれたプランニング&デザイン室の吉﨑真之介さんに、さっそく敷地内を案内してもらった。

自然豊かな奥多摩の山間にある小澤酒造
小澤酒造プランニング&デザイン室の吉﨑真之介さん(左)。樽に記されているのはトレードマークのサワガニ。サワガニは清流にしか棲めないことから、このマークによって奥多摩地域の水質の良さをアピールしているという

まずは、と仕込み水の井戸を覗きに。小澤酒造にはふたつの井戸があり、ひとつは酒蔵の裏にある「蔵の井戸」。岩盤を140㍍も横に掘りすすんだ横井戸で、ミネラルタップリの中硬水が湧いている。この「蔵の井戸」は途中までなかに入ることができ、洞窟のようになった内部の小窓から湧き水が流れているのが見える。「水底まで透き通っていて清浄そのもの」と山本さん。もうひとつの「山の井戸」は多摩川を挟んで蔵の対岸にあり、こちらの水はまろやかな軟水。小澤酒造は「これら特徴の異なる2種類の水を使い分けて酒造りをしている」のだ。

つづいて吉﨑さんが案内してくれたのは、創業時の元禄時代からある「元禄蔵」や明治時代に造られた「明治蔵」。これらの蔵のなかには貯蔵タンクがズラリと並んでおり、貯蔵蔵にはホーロータンクのほかに昔ながらの大きな木桶樽も。この蔵では約50年ぶりに木桶仕込みを復活させた、と吉崎さん。「通常の金属製のタンクと違い、木桶仕込みでは桶の細かな穴から空気が出入りして発酵具合に影響し、野性的だがなめらかな味わいが生まれる」という。実際、木桶仕込生原酒は「フレッシュな香りとまろやかで深い味わい」が好評で各地にファンがいるという。

洞窟のような「蔵の井戸」で開運祈願
貯蔵蔵にある木桶。これで約50 年ぶりに木桶仕込みを復活させた

その後は試飲タイム、看板銘柄の「澤乃井」のさまざまなタイプを利き酒できる「きき酒処」へ。山本さんは「澤乃井 純米ひやおろし」と、酒米の山田錦を35㌫まで削った純米大吟醸「澤乃井 芳醸参拾伍」を冷ややっことともに一杯ずつ堪能。ちなみにこの冷ややっこの豆腐は、敷地内にある直営の「澤乃井ままごと屋」で作ったものだという。「ままごと屋」は豆腐やゆばを中心とした会席料理が専門の店、地酒にピッタリな料理をいただくことができる。ほかにも小澤酒造は同じく豆腐料理の「豆らく」、仕込み水でいれたコーヒーを飲むことができる「CAFE雫」、多摩川上流の自然のなかでバーベキューなどを楽しめる「煉瓦堂朱とんぼ」と、さまざまな観光施設を敷地内で営んでいる。さらには美術展などを行う「澤乃井ガーデンギャラリー」や中国蘇州の寺から託された仏像を祀る寒山寺といった文化・芸術施設も。「年間約5万人が訪れ、さまざまなコンテンツを通して日本酒文化に親しんでくれている」と話すのは23代目代表の小澤幹夫さん。小澤酒造は奥多摩の人気観光スポットとなっているのだ。

看板銘柄「澤乃井」。きき酒処では、常時10 種類ほどの酒が用意されている
23 代目代表の小澤幹夫さん。熟成酒を並べたセラーにて

多摩を代表する2軒の酒蔵探訪を終えて、「酒蔵で杜氏さんと話してからの一杯は格別。酒造りの奥深さがよくわかる」と山本さん。「これを機に読者の皆さんも実際に各地域の酒蔵に足を運んでみてはどうか」と話していた。なお、東方通信社の公式YouTubeチャンネル『コロンブスTV』では、本記事で取り上げた山本さんの酒蔵探訪を前編(田村酒造場)、後編(小澤酒造)の2本の動画に分けて配信中。動画では蔵開きイベントのリポートにはじまって山本さんの酒蔵探訪や酒造りの工程紹介、杜氏へのインタビューも行っている。関連して弊社ビル1階の飲食店型アンテナショップ、そば酒房「福島」では多摩8蔵の「蔵開き酒」を味わえる。日本酒ファンや日本酒に興味がある方はぜひご視聴、ご来店を。

東方通信社グループの公式YouTube チャンネル『コロンブスTV』では、2022 年8 月から東京都商工会連合会多摩観光推進協議会と連携し、多摩の新しい観光をテーマとした動画を『コロンブス』誌面と連動させて制作・配信してきました。24年度は元NHK エグゼクティブアナウンサーの山本哲也さんをレポーターに迎え、より「地域」や「人」に密着した「ぶらり旅」番組を制作・配信しています。本記事で紹介した「小平グリーンロード」編も好評配信中、ぜひご覧ください‼