『侍タイムスリッパー』で第48回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した安田淳一監督(58歳)は、京都府城陽市で先祖伝来の田んぼを耕す兼業農家だ。この作品も、父親の農作を手伝いながらの撮影だった。受賞後もコメ作りをつづける安田さんに「令和のコメ騒動」はどう映ったのか。自宅を訪ねた。
アカデミー賞を受けて今年4月に開かれた外国特派員協会主催の記者会見。日本農業の現状について問われた安田さんは「父やおじいちゃんが一生懸命頑張ってきたコメ作りを自分も……」とまでいいかけて、言葉を詰まらせた。あふれ出るものがあったのだろう。目には光るものがあった。
代々守ってきたコメ作り
『侍タイムスリッパー』を撮影した2022年。安田さんは父の豊さんが管理する田んぼの田植えや稲刈りを手伝いながら、撮影をつづけた。豊さんは当時、高齢農家から預かった田んぼを含め、3haを耕作していた。安田さんは「田植えだけで3週間、稲刈りも2週間かかった」と振り返る。
長男だから農家を継ぐのは当たり前と考えていた。一方の豊さんも、映像の世界に足を踏み入れていた安田さんのことを思い、「お前が継ぐときにはわが家の田んぼだけでええぞ」とつねづね、話していた。さらに息子が困らないようコンバインなどの農機具も買い替えてくれていた。
ところがその年の11月、豊さんが脳内出血で倒れた。安田さんが『侍タイムスリッパー』のクライマックスシーンを撮り終え、一息ついていた頃だった。豊さんは緊急入院したものの、最後まで意識は戻らず、翌年5月に83歳で亡くなった。「おやじはとくに持病もなく体格もよかったので、まだ10年は頑張ってくれると思っていた。これからコメ作りを教えてもらおうと考えていた矢先だったので、青天の霹靂でした」
撮影映画と同じ展開に
実は『侍タイムスリッパー』を撮る5年前、安田さんはコメ農家を題材にした『ごはん』という作品を完成させている。奇しくも父親の死で、父親が耕作を請け負っていた近所の田んぼを引き継ぐことになった娘の話だ。「映画ごはんのストーリーと違い、おやじが倒れたのが稲刈りも終わった時期だったので、来年は作れませんと近所に田んぼをお返しした」と話す。
作付面積は3haから1.5haまで減ったとはいえ、これまでは手伝いの類い、安田さんに田植えから稲刈りまでひとりでやった経験はない。基本は生前に豊さんの薫陶を受けた従妹から教わった。「田んぼの水の温度は何度までだったらいいのか、肥料はどれぐらいやればいいのか。コメ作りに正解はない。それに気候も毎年違う。手探りでやるしかなかった」と話す。
取材をした7月上旬は連日30度を超す真夏日がつづいていた。田んぼにとって、水の適切な管理は欠かせない。水を引き込むポンプは近所の共用。ほかの田んぼで使っていたら当然待たなければならない。頃合いをはかって見に行くと、まだ終わっていないこともしばしば。「現代人は〝タイパ〞を重視するけど、農業は自分のタイミングではやれない」と苦笑する。このため、まだ誰も作業をしていない早朝から田んぼの水入れをするなど工夫しながら、映画の仕事に必要な時間を確保している。きょうだいからは、暗に米作りをやめてもいいよ、といわれることもあるが、「そのつもりはない」 と。
主食守る使命感
安田さんの父、豊さんも市役所に勤めながらの兼業農家だった。トラクターやコンバイン、田植え機などの機械を購入するだけで最低1500万円ほどかかり、毎年100万円の減価償却費(経費)を計上。さらに肥料代やガソリン代がかさみ、1袋(30kg)分のコメを作るごとに数百円から1000円程度の赤字があるという。「ほかの兼業農家と同様、おやじも農業の赤字を役所の収入で埋めていた。それでもつづけていたのは主食のコメを守るという使命感だったと思う」と話す。
安田さん自身、『侍タイムス リッパー』が当たり興行収入があったから、コメ作りがつづけられたと考えている。だから、「政府は備蓄米を放出して一時的に米価を下げて終わりではなく、生産者が抱える問題と正面から向き合ってほしい」「今回のコメ騒動を、日本人にとってのコメを考え直す機会にしてほしい」と訴える。
もちろん、農業をやっていてよかったと思うこともある。トラクターに乗って聞こえる、土が掘り返される軽快な音や心地よい風の音。青々とした夏の田んぼを見ると、よく育ってきたなとうれしくなる。そして、自分で作った美味しいごはんを食べたとき、農家としての喜びを感じるという。
『男はつらいよ』の世界観
最後に、次回作について聞いてみた。すると『侍タイムスリッパー』に出てくる劇中劇のキャラクター、心配無用ノ介を主人公にした連続ドラマを放映する方向で話がすすんでいるとのことだった。この秋から撮影もはじまる。将来は、映画『男はつらいよ』のようなシリーズを令和の時代に蘇らせたい、と。その映画の主人公は売れない映画俳優にすると、すでにきめている。
『侍タイムスリッパー』を200回以上見た人が安田さんに「損得抜きで人を助ける世界観に自分も浸りたいと思った」と話してくれたことがあったからだ。そのひと言がこれからの映画づくりの糧になったという。安田さんは「その世界観は『男はつらいよ』にも通じる」と話し、「生きづらさを感じている今の日本人が求めているものではないか」とつづけた。
「もちろん、これからもコメ 作りはやりますよ。家業ですから。今の作付面積なら、集中してやれば稲刈りも4日で終わる」と目を輝かせた。
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