あらたな官民連携の
手法が台頭
「成果連動型民間委託契約方式(PFS:Pay For Success)」をご存じだろうか。内閣府成果連動型事業推進室参事官補佐の前田関羽氏(35歳)によれば、これは「従来、行政が担ってきた公共性の高い事業を民間組織に委ねる」官民連携手法のひとつで、最大の特徴は事業の報酬が「成果連動型」であること。「行政が社会課題の解決に対応した成果指標を設定し、民間事業者にその達成状況に応じた成果報酬を支払う」仕組みだという。そして、こうしたPFS事業の運営資金を民間投資家などから募る手法は「SIB(ソーシャルインパクトボンド)」と呼ばれ、「自治体がかぎられた財源のなか、適切で高品質な行政サービスを提供するための手段」として近年、とくに注目されている。
高齢者の介護保険給付費
低減に向けたプロジェクト
2021年7月、愛知県豊田市がこのSIBによる介護予防事業「ずっと元気!プロジェクト」をスタートさせた。目的は「団塊の世代が後期高齢者となる『2025年問題』を前に、市の財政を圧迫する社会保障費を低減する」ことだ。「現在、市の介護保険給付費は約250億円、コロナ禍によって高齢者の外出機会が制限された影響で今後さらに増大する可能性が高く、その対策が喫緊の課題となっている」と話すのは、市企画政策部未来都市推進課の丹羽広和氏(42歳)。だが、行政単独で大規模な介護予防事業を打ち出すのは資金と人材の両面で難しい。そこで市はSIBの導入に挑戦、民間の知恵と資金を活用して「運動教室や趣味・交流のためのプログラムを民間から募集し、高齢者の社会参加を促し介護リスク低減をはかっていく」プロジェクトをはじめることに。
その仕組みやお金の流れ、各プレイヤーの役割は下図の通りで、成果しだいで報酬が変動するのがSIBならではだ。
事業概要
テーマ:高齢者の介護予防(社会参加機会・社会活動量の増加)
対象:65歳以上の高齢者(主たるターゲットは70歳代を想定)
事業費:5.5億円(効果検証含む)
事業期間:5年(2021年7月1日~26年6月30日)※ 最終の効果検証は26年度に実施、完了
指標:実施成果指標①参加人数②継続参加人数
最終成果指標①要介護リスク点数の低減度②介護保険給付費削減額
報酬割合:委託事業運営分30㌫、成果報酬70㌫
事業者:合同会社Next Riseソーシャルインパクト推進機構
第三者評価機関による効果測定……各事業者が手掛ける介護予防サービスがどういった成果を上げたかを測定するため、プロジェクトには第三者機関として一般社団法人JAGES(日本老年学的評価研究機構)が加わっている。同機構の長年にわたる研究によれば、社会参加の機会や種類がい高齢者ほど要介護となるリスクが減るという。その効果が測定値によって見える化されるのはこれからだが、測定結果にしたがって機構が市から受け取る成果報酬額が変動していくという。
プロジェクト全体を統括しているのは民間のNextRiseソーシャルインパクト推進機構(コンサルティング会社の㈱ドリームインキュベータ(東京都千代田区)が設立した子会社)。この機構がファンドから資金提供を受け、介護予防サービスを手掛ける事業者の取りまとめ役を担っているという。そして、事業者への成果報酬などに充てる資金としては、市が約5億円の基金を準備。その財源は企業版ふるさと納税によって市外の企業からの寄付を集めたそうだ。ちなみに、これほどの予算規模は国内のSIB事業としては前例がなく、市では「5年間で2万5000人以上の高齢者がサービスの利用を通じて社会参加と介護予防に取り組む」「介護保険給付費を10億円削減する」といった大きな目標を掲げている。
事業者が積極的にサービスの
維持・向上に取り組む
では、市やNextRiseソーシャルインパクト推進機構はこのプロジェクトに参加する事業者をどのようにして集めたのか。「とにかく幅広い分野の事業者に参加してもらうことを心がけた」と㈱ドリームインキュベータの吉田草平氏(34歳)。おかげで介護領域の事業者だけでなく、地域のエネルギーインフラを担う大企業や飲料メーカー、IT企業、音楽教室などさまざまな事業者がプロジェクトに参加してくれることに。そしてプログラムについては「当社と各事業者間で相談を重ねながら、高齢者の継続的な社会参加につながる介護予防サービスのプログラムを組み立てていった」という。たとえば、大手薬局・ドラッグストアチェーンの㈱スギ薬局(愛知県大府市)は市内にある店舗に管理栄養士などが常駐している強みを生かし、定期的に塾形式の栄養講座や運動講座などを開催することに。「毎回、受講者に課題を出すことで、次回以降の継続参加につなげている」そうだ。
もちろん、大手企業だけが参加したわけではなく、小規模事業者や個人レベルの市民活動も数多く集まった。そうした小さな取り組みについては、市内のNPO法人が取りまとめ役となっているという。市内の中小企業と若者のマッチング事業を手掛けてきたNPO法人働く人の笑顔創り研究所もそのひとつで、利用者5人から100人未満の介護予防サービスを手掛ける15事業者のマネジメントを担当している。事務局長の松岡大介氏によれば「各事業者がより多くのシニアの方により良いサービスを届けるために必要な情報の提供や相談などの伴走支援を担っている」とのこと。また、半年に1回、事業者を集めての情報交換会を実施。「たとえば、継続的に参加してくださるように1回完結型のプログラムではなく、各回につながりを持たせるようなプログラム設計する工夫、参加者同士をコミュニティ化する工夫などといったアイデアを持ち寄る場となっている」という。
このように規模の大小を問わず、プロジェクトに参加する事業者がつねに積極的にサービスの質の向上を目指すことは、成果に応じて報酬がもらえるSIB事業ならではの大きなメリットといえそうだ。
介護予防サービスを
地域に根づかせる
「ずっと元気!プロジェクト」がはじまってから1年以上が経過した現在、プロジェクトに参加して介護予防サービスを展開している事業者は40以上、サービスを利用した高齢者の数は2000人以上(22年4月末時点)となっている。「このプロジェクトを通じて県外の大手企業と地場の中小企業が協業するケースのほか、これを機にあらたに介護予防サービスをはじめる中小規模の事業者も増えており、市の介護・健康分野のサービスの層が厚くなっているのを実感する」と話すのは、前出の市企画政策部未来都市推進課の丹羽氏。「一つひとつの取り組みがシッカリと地域に根づいていくよう、今後もドリームインキュベータと連携して各事業者のサポートやプロジェクト自体の認知度向上に努めたい」と意気込んでいる。「5年間で介護保険給付費10億円削減」の目標が達成できれば、財政悪化と高齢化に苦しむ全国各地の自治体にとって大きな希望となる。豊田市の「ずっと元気!プロジェクト」がモデルケースとなって、地域課題解決のためのあらたな官民連携手法であるSIBが全国に普及していくことに期待したい。
※ 実際の豊田市SIB事業の介護予防サービス事例については別記事で紹介しています。
https://chiikibin.jp/article/2431/